大分県 臼杵市 〜ローカルな情報を扱う・ローカルサーチ

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<地方都市の概要>
臼杵市(うすきし)は、大分県の東海岸に位置する市。

【醸造・造船で繁栄】
中心部はリアス式海岸に囲まれた三角州。
戦国時代に大友宗麟が築城、ポルトガル・オランダとの交易で栄え、
以後幕末までは稲葉氏5万石の城下町。
主産業は造船業、醸造業と観光業。
05年1月に野津町と合併し、新・臼杵市に。

【日本の心が育つまち】
将来像は「日本の心が育つまち」。
古くから受け継がれてきた自然や風土、歴史、伝統、文化、町並みを愛し、
誇りを持ち、大切に守り、残し、育て、うまく活かしながら、
単に経済的な豊かさや都会的なものを求めるのではなく、
心のつながりを大切にし、優しさや温かさを感じながら共に力を出し合い、
助け合い、たくましく暮らしていけるまちをめざす。
06年度から市総合計画がスタート。


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■臼杵磨崖仏■
臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)は、大分県臼杵市深田にある4群60余体の磨崖仏である。
「臼杵石仏(うすきせきぶつ)」の名で知られている。
1952年(昭和27年)国の特別史跡に指定され、1995年には(平成7年)国宝に指定された(指定対象は59躯)。
磨崖仏としては日本最初、彫刻としては九州初の国宝指定となった。

石仏造営の時期や事情を証する史料は一切残っていない。造像の経緯については民話・伝承により諸説あるが、
臼杵市観光協会は民話「真名野長者伝説(炭焼き小五郎伝説)」による、
長者が亡くなった娘の菩提を弔うために彫らせたという説に基づいた観光アピールを行っている。

山岳仏教の衰退と共に忘れ去られてしまった磨崖仏は1000年の風雨に曝され続けることとなった。
元々阿蘇山からの火砕流が溶結した凝灰岩に掘られた石仏は脆く、
また参拝者によって自然にできた道が大雨の際は川に変わり、石仏を削り取って行った。
現在も多くの石仏の下半身が切り取られたように無くなっているのはそのためである。

劣悪な環境の中で仏頭の多くが剥落し、中でも古園石仏の大日如来像の仏頭は、
1994年(平成6年)3月に保存修復が完了するまでの間、仏体下の台座に置かれたままであった。
臼杵駅にある仏頭のレプリカは復元前に作られたため、この時の状態をよく表している。

なお、V字型の谷になっていた周辺の地形は、保存修復工事の際、
石仏が彫られていない方の壁が切り崩されて麓の里まで水を止めるものがなくなり、
また、石仏の周囲には排水設備が導入されたため、現在は石仏の下に水流ができるということはない。

■真名野長者伝説■
真名野長者伝説(まなのちょうじゃでんせつ)とは、大分県に伝わる民話である。

大和朝廷の時代、都に、顔に醜い痣のある姫がいたが、
仏のお告げに従って豊後国深田に住む炭焼き小五郎の許へ行き夫婦になる。
2人は数々の奇跡により富を得て長者となり、1人の娘が生まれた。
般若姫と名付けられた娘は都にまで伝わるほどの美女に成長し、1人の男と結婚するが、
実はその男は都より忍びで来ていた皇子(後の用明天皇)であった。
皇子は天皇の崩御により都へと帰ることになったが、姫は既に身重であった為、
「男の子が産まれたなら、跡継ぎとして都まで一緒に、女の子であったなら長者夫婦の跡継ぎとして残し、
姫1人で来なさい」と告げて帰京してしまう。
産まれた子供は女の子であった為、姫は1人で船に乗り都を目指すが、途中嵐に会い周防国大畠に漂着する。
村人による介抱も虚しく数日後に姫は逝去してしまう。
姫の死を悲しんだ長者は中国の寺に黄金を送ると共に、深田の岩崖に仏像を彫らせた。
その仏像が現在も残る国宝臼杵石仏である。
という物語である。

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